2007年04月19日

公開・発見が待たれる慰安婦関係史料

4月17日、外国特派員協会における
「日本の戦争責任資料センター」の記者会見で
公開・発見が待たれる慰安婦関係史料として
吉見義明氏は以下のものをあげている。


内務省警察関係史料
朝鮮総督府・台湾総督府の史料
防衛省の旧軍人の日記類
オランダ政府所有の史料
中国における傀儡政府の警察関係史料
中国・台湾が日本軍や領事館から押収した史料

http://www.videonews.com/press-club/0704/001048.php
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2007年03月15日

安丸良夫「『従軍慰安婦』問題と歴史家の仕事」

米国下院決議案、
そして安倍首相の発言をめぐって
慰安婦問題が話題となっている。

10年前からまったく変わらない、
深い思慮に欠く単純化された議論が
再生産されコピー&ペーストのように
増殖している状況に驚く。

10年前の論文を読んで、
安丸良夫氏の指摘の重要さを再認識した。
(安丸良夫「『従軍慰安婦』問題と歴史家の仕事」『世界』648、1998.5)

否定派の議論について、安丸氏は次のように述べている。


「『自由主義史観』派も実証主義の立場をとるが、彼らは当該問題の全体性のなかから、彼らの立場にとって都合がよさそうで論敵の弱点となりそうな『実証』領域をひとつだけ取り上げる。例えば『従軍慰安婦』問題であれば、軍による強制連行は事実だったかどうか。手練の実証史家からみて、そこに批判派の弱点がありそうだと狙いをつけることは、それほど難しいことではなかったはずである。そして、強制連行の事実はなかったらしいということになると、あとは公娼制一般に解消され、私が提示してみたようなこの問題の全体像への手がかりは失われるというか、むしろ隠蔽されるわけだ。」
「こうした『実証』は、発見的なものとは逆で、全体像を特定の『実証』的事実にすりかえ、じつはそのことによって全体像を隠蔽し抑圧しているのだ。」(146頁)



彼らには、国家の立場からする日本の弁護という題材にしか、
興味がないのだろうか。
歴史家は断罪のためにこの問題を扱っているわけではない。
近代日本の特徴を広い角度からとらえるための
題材の一つとして考えているのだ。

現在の価値観から過去を断罪しているとの批判があるが、
歴史家自身がもつ問題意識は重要であり、
必要不可欠なものである。


「歴史研究というものは、単純に事実を探求しているのではなく、ある問題意識をもってあれこれ考えていると、歴史家は珍しい史料、奇妙な事実、あまりうまく理解できないような事象などに突きあたり、そうした経験を通して歴史を考えなおしてゆくものだからである。小さな、奇妙な事実に出会うことである驚きをもち、その驚きをもって歴史的全体性を捉え直す。ランシェール流にいえば、切り拓き直すことができるのである。こうした奇妙な事実、現代人としての私たちの経験とは異質で、むしろおさまりが悪く違和感を覚えるような事実は、過去というものの固有性とそこに拠点をおいた現在の私たちの通念や通俗化した感性へのアンチテーゼであり、現在の私たちへの批判の可能性といってよいだろう。」(147頁)


このような歴史家の仕事のあり方からいっても
「証言」の持つ意味は重要となってくる。


「史料というものは、制度や事件にかかわって存在するばあいが圧倒的に多いから、例えば民衆意識とか『従軍慰安婦』の日常とかは、原則的には史料には表現されない次元に属している。換言すれば、史料には表現されない人びとの経験は、限りなく広くて深いわけだ。そこで、史料があるところで史料に即して一般的にいえそうなことを記述していくと、それはほぼ不可避的に当該時代のシステムに体現されている支配的通念をくり返すこととなり、歴史家の実践する『実証』は、対象とする時代の支配的通念と歴史家本人の通念や常識とを織り交ぜたようなものとしてまとめられることになるだろう。実証主義は『実証』を信条とするように見えて、じつは『実証』の名において実際はもっとも平板で通俗的なものの見方をその支えとしてしまうのである。したがって、実証というもののこのような性格に注目するなら、そこでは広範な人びとの経験の具体相はかえって否認される、抑圧されるということになるだろう。」

「だから人びとの経験のリアリティに即いた歴史の見方をつくりだしたいと思うなら、史料のあるところで実証するという実証主義とは、理論的にはむしろ正反対の立場をとらなければならないわけである。といっても、何らかの手掛りがなければ歴史家の手に負えないのではあるが、こうした立場に立つことではじめてその意味が見えてくる史料群も、断片的にではあれ必ず存在するのであって、元『従軍慰安婦』たちの『証言』は、その典型的な事例としていま私たちの前に提示されているのだといえよう。」(145頁)
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2007年03月08日

我か家

我が家.jpg

帝国在郷軍人会本部発行。

在郷軍人の家族向けの雑誌である。


*****所蔵機関*****
1(1-10),2 <1917-1918> 東大総
1(3);30,33,82,172,211-212 <1917;1919-1934> 東大法近セ明治文庫
257 <1938> 日本近代文学館
202,265,273 <1933-1939> 愛大豊
59-62,64-82,107-142,164-169 <1922-1931> 宮城県図
*****************


第102号(1925.8)
第112号(1926.6)
第152号(1929.10)
を確認。

第102号表紙裏には、発行趣旨について次のようにある。

「日本の将来を考へると、在郷軍人の任務は誠に重い。が在郷軍人に充分その任務を尽させるには、たゞ当人だけでなく是非とも併せてその家族をも導くことが肝腎である――これが第一、然し在郷軍人の家族として必要なることは、一般の家庭に於ても亦大切な事ですから、併せて一般家庭も浮華や贅沢や虚栄に流れず、どこ迄も質素勤勉堅実な純日本式の家庭であるやうにといふのが、即ち本誌発行の趣旨であります。」


軍事に関する記事は少なく、
ほとんどが女性や子ども向けの記事である。
新聞でいう
文芸欄・家庭欄が中心。

「応募童謡」では、小学生の投稿もみられる。


成城小学校主事文学士・小原國芳「夏休をどう送るか」(第102号所収)

「夏休は、やはり、ノンビリ楽しく送らせて下さい。世界の中で日本位休暇の短い国はありますまい。休暇の短いことは決してよいことではありませぬ。(中略)それに親切は親切ですが、学校から、折角の休暇に、課題だ、試験準備だ、仕事だと、随分課せられるですが、いよ\/たまりませぬ。こんなことでは到底天才は出ますまい。
 夏休みは、ユツタリとノンビリと遊ばして欲しいです、山登り、水遊び、木登り、魚つり、旅行、写生、採集、土いぢり、動物飼育、…いろいろとさせて頂きたい。
 一体、どうも、日本人は、本をよむことだけを学問だと思つて居ていけない。土いぢり、水遊び、犬追ひ、凧あげ、石ころけり、石なげ、…いろんなことから子供は沢山の知識を遊んでる中に得るのです。」
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2007年02月25日

細菌戦関係史料

■防衛研究所図書館所蔵

・井本熊男業務日誌
(1939 支那派遣軍参謀、1940.9 参謀本部作戦課員)

・金原節三「陸軍省業務日誌摘録」
(1941.11 陸軍省医事課長)

・大塚文郎「備忘録」
(1943.9 陸軍省医事課長)

・真田穣一郎業務日誌
(1943.10〜44.12 参謀本部第一部長)

(吉見義明・伊香俊哉『七三一部隊と天皇・陸軍中央』岩波ブックレット389、1995参照)

「◎丸太使用実験は中央として大いに全軍的に重要な事を解決せしむる為なり。
Pxは弾丸の有功章の問題。
草地参謀 秘密事項。今発表せんで可ならん。
高山参謀 有効章をやる如く連絡す。発表の方法を考慮しやうと。」
(大塚「備忘録」、吉見・伊香‐前掲書48頁)


・澤田茂「陣中記録」
(1940.12 第13軍司令官)

「石井部隊の使用総軍〔支那派遣軍〕よりも反対意見を開陳せしも大本営の容ルゝ処とならす大陸命を拝したりと
命令ならハ致方なきも作戦ハ密なるを要す 若き作戦課の人達を抑へる□に総長〔参謀総長〕の力なからさるへからす、遺憾なり、ペスト防疫の為め一部家屋ハ焼却の命令を出す」
→1942.6.25の日誌
 「大陸命」ではなく、「大陸指」の書き誤りと推測される。

(第3巻、283頁、松野誠也「細菌戦をめぐる参謀本部・現地軍の動静と確執」『歴史評論』681、2007.1、75頁)
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2007年02月22日

在郷軍人服役召集之栞

在郷軍人服役召集之栞.jpg

「帝国在郷軍人会油日村分会」とあり、持主の名前が記してある。
B7判、全85頁。

大津連隊区司令部による「緒言」よると、

「在郷軍人三大要素ノ一タル服役召集ニ関スル一般的必要ナル事項ヲ集録シ常ニ身辺ニ携帯シ之ガ履行ニ遺憾ナカラシムル目的ヲ以テ本栞ヲ分布セルモノナレバ本人ニハ勿論克ク家族ニモ徹底セシメ重大義務履行ニ遺憾ナキヲ期スベシ」

とある。


召集の種類には、
充員召集、臨時召集、演習召集、教育召集、帰休兵召集
の五つがある。

充員、臨時召集の令状は、「淡紅色」、
演習、教育、帰休兵召集は、「白色」である〈56頁〉。


「応召時携行すべき物件」〈66頁〉
令状
奉公袋〈奉公袋入組品左の如し〉
 軍隊手牒〈補充兵證書〉印鑑、下士官適任證書
 勲章徽章〈但し略授を携行するものとす〉
 梱包用具〈麻縄、荷札、風呂敷(完全に梱包出来得る様注意すべし)〉
 日用品〈紙、筆記用具、洗面具一切、葉書、切手若干〉
 典範令
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2007年02月21日

海軍労友

海軍労友.jpg

発行は、海軍艦政本部
非売品とある。

海軍艦政本部は、海軍大臣に隷属し造艦を掌った。

148号(昭15.3.1)
151号(昭15.6.1)
154号(昭15.9.1)
155号(昭15.10.1)
159号(昭16.2.1)
165号(昭16.8.1)
174号(昭17.5.1)
を確認。

毎月一日が発行日である。

B4サイズの冊子で全4頁。
画像は半分に折ってある。

海軍工廠の工員向けの冊子で、
文芸の投稿欄が充実している。


<第159号 目次>

「太平洋の波高し」
星野武男「国旗の話〈一〉」
「科学小話 血痕検出法」

「大東亜共栄圏の確立 これが現代日本人の使命である」
**********************
「大東亜共栄圏の確立、これは我が海軍の威力に俟つ所絶大である。我等海軍機力の整備に従事するものは、文字通り戦士の意気を以て奮励しなければならぬ。こゝに奮励といふのは、徒に気張つたり力んだりすることではない。自己の従事する仕事の能率を上げることである。優秀な製品を作ることである。休養も栄養も娯楽も次の活動力を如何に湧きあがらせるかといふためにとらねばならぬ。」
**********************

「国民学校の完成と父兄の覚悟〈一〉」
武田五郎作・桜井保画「勤皇小説 篠井右門〈三〉」
「海軍工員の歌」
「家庭」欄
甲斐藤彦「随筆 山を抜く力」
「散文」欄
「俳句」欄
「詩」欄
「出征歌抄」
「短歌」欄
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2007年02月20日

兵事雑誌

兵事雑誌.jpg

発行…兵事雑誌社

   毎月2回(8、23日)


発刊は 明治29(1896)年


■東大法近セ明治文庫 所蔵
2-5  1896-1897
16-32;3(1-4,6-8),5(8-9,14-15),11(23)  1898-1907


上掲は 第5年第26号 明治33年12月23日発行 全70頁

<主要記事>
社説「戦役の教訓及入退営送迎の弊害」
多賀宗之「古戦所見」
宮川鐵太郎「新兵諸氏に告ぐ」
真鍮子「在郷心得」
瀬見の舎「予の本籍」
談兵子「台湾万歳碑」
服部血染之助「台湾陣中日記」
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2006年12月12日

小津安二郎と戦争と映画

12月12日は、小津安二郎忌(S38)です。

小津は、1937年9月召集、
近衛歩兵第2連隊に所属し、
39年7月除隊となるまで、
軍曹として華南方面の作戦に従事しました。

小津は、映画のことが頭から離れず、
戦闘のさなかにおいても映画のことを考えています。
ホンモノの芸術家です。


「戦地にライカを持つて行つてゐたので、何かにつけて帰るまでに千枚程無暗と撮つた。長い間の身についた意欲はある程度みたすことが出来たわけだが、いい場面でも音と切離せない複雑な場合に出会ふと、頭の中や、手帳にとめておくだけで、残念だつた時も数多くあつた」

「(砲弾の―引用者注)金属の羽が空気を截るあの特別な音が近づくと黒い一抹の煙のやうに花の上を通るのが見えた。と思ふとばらば沢山の杏の花が散つた。これが何度も起るのを見てゐて、これは使える、兵隊を一人も画面へ出さないで、迫撃砲の音と、光りながらこぼれる杏の花とだけで出せば面白いと思つた」

「機関銃が私達を狙つた時は、まづ前面の土をぱつぱつとはねかして小さい土煙りがまたたくうちに近づいて来る。これが映画にどうすれば出るだらうか」


(以上、小津安二郎「戦争と映画雑筆」『中央公論』54-13、1939年12月)


もし小津が戦争映画を撮っていたら、
どのようなものになったでしょうか。
それに関して、小津は次のように述べています。


「山中君(山中貞雄―引用者注)が生きてゐればどんな戦争映画を撮つたであらうか。実際上の困難な条件や制約を顧慮して、田坂具隆君の作品に例をとれば『土と兵隊』より『五人の斥候兵』により近く、大部隊の行動を追はず、小部隊を何処迄も追求してその全貌を示したに相違ない。 私が戦争映画をもし作るにしても同様であらう」(同上)


公開された陣中日誌(『諸君』2005年1月号)には、
映画作りのためのネタ帳(「撮影に就ての≪ノオト≫」)
が含まれており、「小部隊」での兵隊たちの
日常が切り取られています。

小津映画の登場人物のセリフが聞こえてきそう。
いくつか面白いものを引用しましょう。


▲映画館(南京)上映中<えゝぞ えゝぞ>皆笑ふ。半畳が入る。<加藤部隊の〇〇さん> 返事がない。<只今から出動です>場内静になる。男出て行く。また元の騒然となる。

▲出発。坊さんの兵隊に云ふ。<頼むぜ。俺が死んだら うまくお経上げてくれよな> <よし、どつちに行きたい。地獄か極楽か> <極楽がいゝな> <そりや一寸無理だな。煙草一本くれ> <お前極楽に行くと友人ゐねいぞ>

▲クリークの水で飯を焚く。釜に水を張つて<おい、ミヂンコが泳いでるぜ、この水><煮て喰ふんだら大丈夫だい><随分いらあ>

▲<赤犬はうまいつてなあ><おんなじたい。白だつて黒だつてぶちだつて><そうか。鼠はどうだい><よせやい、鼠は喰はねいよ><鼠は米くつてるからうまいかも知れねいなあ><よせよ、おだてるない、こいつ本当に喰ふから>

▲犬をつかまえてくる。<おい飼つておけよ。豚肉なくなるまで殺すなよ>
後日。<いけねいや。すつかりなついて尾ふりやがる><尾振りやがる。殺せねいや>
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2006年12月06日

師走の由来

師走の由来ご存知ですか。
二つの説があるのですね。

「十二月は、師走(シハス)。『歳果つ』のつまつた称呼で、年の終りをいふのです。又この月は坊さんが、あちこち走り歩いて、お経を読むから師走と書くのだとも言ひます。」
(『受験と学生』25-8、1941年10月、230頁)


なるほど、お坊さんの“師”なのですね。

ちなみに1月、2月は…

「一月は睦月(ムツキ)。新年に親族、知己、友人らと睦み楽しむからである。○二月は如月(キサラギ)。まだ寒さが厳しく着物を更に重ねるので『着更着』といふ。」
(同上)
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2006年11月24日

我が国教育の本旨とは

文部省『国体の本義』1937年

「我が国の教育は、明治天皇が『教育ニ関スル勅語』に訓へ給うた如く、一に我が国体に則とり、肇国の御精神を奉体して、皇運を扶翼するをその精神とする。従つて個人主義教育学の唱へる自我の実現、人格の完成といふが如き、単なる個人の発展完成のみを目的とするものとは、全くその本質を異にする。即ち国家を離れた単なる個人的心意・性能の開発ではなく、我が国の道を体現するところの国民の育成である。個人の創造性の涵養、個性の開発等を事とする教育は、動もすれば個人に偏し個人の恣意に流れ、延いては自由放任の教育に陥り、我が国教育の本質に適はざるものとなり易い。
 教育は知識と実行とを一にするものでなければならぬ。知識のみの偏重に陥り、国民としての実践に欠くる教育は、我が国教育の本旨に悖る。即ち知行合一してよく肇国の道を行ずるところに、我が国教育の本旨の存することを知るべきである。諸々の知識の体系は実践によつて初めて具体的のものとなり、その処を得るのであつて、理論的知識の根底には、常に国体に連なる深い信念とこれによる実践とがなければならぬ。」(121-122頁)



個人主義批判、個性教育批判、知識偏重批判は
どこかで聞いた話ですなあ。

学問についても、国体に淵源するのですぞ。
肇国以来一貫せる精神なのですぞ。

「我が国のあらゆる学問は、その究極を国体に見出すと共に、皇運の扶翼を以てその任務とする。」(118頁)
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2006年11月23日

日章旗の意味するところ

○我が日章旗は国旗として次の表徴を含蓄するものなり。

一、我が帝国は古来、日出国と称して国威八紘に輝き、長しへに発展の盛なること、恰も旭日の東天に冲するが如きものありと云ふこと。

二、我が国体は万世一系の皇室を戴き、万世渝わることなく金甌無欠にして、円満完美なるは、恰も太陽の天壌と共に無窮なるに同じといふこと。

三、我が 皇祖天照大神は日の神と申し奉り坤徳八表に輝き渡り給ひしを以てその御徳に因ありといふこと。

四、白色は平和の神に象り、赤色は国民の忠誠に擬せらる。赤誠内に磅■しこれを包むに平和の色を以てするは、平穏無事の日にはその姿穏なるも、一朝有事の日に方りては恰も猛虎の深山に嘯くが如く勇壮なり。これ我が国風と国民の気性とを表はし得べしといふこと。

(陸軍歩兵大尉・鷹林宇一編『軍隊精神教育資料』1936年、30-31頁)


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太陽のように無欠で美しい国体だ!

日の丸の赤は、国民の忠誠の色だ!

普段おとなしい日本国民もキレたら怖いぜという赤と白だ!
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2006年11月17日

虚偽の愛国心

「強いて是なり」として、何を満たす?


「若し過ちて、何事にても我国民の為したることは是なりとするが如きことあらば、是れ真正の愛国心にあらずして、虚偽の愛国心なるを忘るること勿れ。我国民の為したることも、是なることもあれば、非なることもあり。其非なることも、我国民の為したることなりとて、強ひて之を是なりとすることあらば、是れ他国に対して、我国民の信用と威望を損するものにして、決して愛国の所業にはあらず。」
(竹越与三郎『人民読本』)
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2006年11月10日

ナルシシズムなネーション

おどろくべきナルシシズム的思考に出会うことがある。
あまりのグロテスクさに夢かとも思う。
しかし実在する。
フロムが上手く言い表している。


「相手国は堕落しきった極悪非道な国のように見え、いっぽう自分の国はあらゆる善と高貴さを代表しているように思われる。敵の行動を評価するときと、自分たちの行動を評価するときとでは、それぞれちがう物差しを使う。敵がどんなに良いことをしても、世界を欺こうとする特別の邪悪さのあらわれにちがいないと思ってしまう。いっぽう、自分たちが悪いことをしても、それは必要であり、立派な目的のためだから仕方ないということになる。」(フロム『愛するということ』)
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2006年10月15日

部下の統御に失敗する原因

匿名「現今の軍隊に対する一幕僚の観察」『偕行社記事』639付録、1927.12より

上官が部下の統御に失敗する原因。
こういう人いません?
こういう風になっていません?
ドキっ


(一)表裏ある二種人格なること
(二)言行一致せざること
(三)部下にのみ難きを強ひ他に向つては人気中心なること
(四)不公平なること
(五)責任転嫁の傾向あること(責任観念なし)
(六)識量伎能の足らざること
(七)打算利己主義なること
(八)責任分立の本義を考へず干渉度に過ぎること
(九)部下の短所にのみ着眼し長所を認めざること
(十)温情と熱との足らざること
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2006年09月22日

酔ってますから

『大東亜戦後二於ケル対上官犯ノ状況』(昭17)より。

ノミニケーション。
無礼講。
酔っ払いに寛容な文化は今も変わらない。


「我ガ国一般社会ノ風習ニモ飲酒ニ関スル弊習多キヲ認ム例ヘバ宴席等ニ於テ二、三ノ客人ガ酩酊事ヲ省セザルニ至ルヲ以テ盛会ト為シ又家庭ニ在リテモ来客ヲ飲酒酩酊セシムルヲ以テ無上ノ饗応ト為ス習慣アリ尚酩酊者ノ言動ハ如何ナル暴行罵詈ト雖モ之ヲ『醉パライ』トシテ別人扱ヲ為シ総テヲ寛恕スルヲ通常トス斯クノ如キ社会ニ培養セラレタル壮丁及在郷軍人ハ此ノ風習ニ感染シ軍ニ従ツテモ其ノ度ヲ失シ遂ニ軍紀ヲ破壊スルニ至ルモノ少シトセズ」
(『軍紀・風紀に関する資料』不二出版、1992年、72頁)
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2006年09月01日

Private Laughter

I miss the laughter
心と身体を結んでいたはずの秘密のlaughter
もうあなたは私に微笑んではくれないの?
(Private Laughter by BONNIE PINK)


二人だけがわかる微笑みを
BONNIEは、Private Laughter と表現する。


二人だけがわかる仕草。
二人だけがわかる言葉。


戦争中、ある兵士は戦地に発つ直前、
妻に対して、「○○方民田尚行様」の宛名で手紙を送った。
ほかの者は意味がわからないなか、
妻だけが、夫がフィリピンのミンダナオ島へ行くことを理解した。
(一ノ瀬俊也『銃後の社会史』吉川弘文館、2005年、51頁)


軍事機密を乗り越える二人だけのPrivate Laughter
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2006年08月05日

続・拝啓天皇陛下様:軍犬兵

渥美清は、第一作とは、違う人物を演じている。

長門裕之は出てこない。

ただ教育を受けておらず、“娑婆”の生活より、

軍隊の生活を心地良く思うという点は共通している。

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2006年08月01日

早合点はいけません:陸海軍諸学校受験

岡山三郎「聖戦直前の利用法―実力を如何に検討するか―」『陸海軍受験生』2-8、1935.8より。

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2006年07月31日

隣組長に叱られて:純情きらり

ちょくちょく、意地の悪そうな隣組長が登場しますが、

隣組の規模はどのくらいでしょう。

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2006年07月28日

英語を勉強する中国兵

海軍少佐・石井汞「敵首都南京入場式に列して」(『水交社記事』292、1938.3、98-99頁)より。

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